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五十嵐純子(いがらしじゅんこ)
【Profile】
1977年生まれ。小学6年生の運動とおしゃれの大好きな娘と、小学5年生の重度の脳性麻痺と発達遅滞ながら明るい娘の母です。結婚前に、調理師の免許を取りました。子育てと、自分の趣味が延長し、自宅で~作る・食べるが楽しい「cocconeの台所」~を主宰しています。アロマ&ハーブ、リース作り、ビーズアクセサリーの講師をお呼びし、ワークショップを開催しています。
また、二女を出産、そして病気と障害がきっかけで、筑波大学附属病院で「おしゃべり会」という家族の情報交換の場と季節行事を企画しています。毎日予測のつかない子育てに翻弄されながら、たくさんの方々に支えてもらい、感謝の日々です。

 

五十嵐純子最新コラム

五十嵐純子
2017/07/17

第4回 心音のこと②

Tweet ThisSend to Facebook | by ゆかりんご

保育器に入った心音。
    

出産から、数時間経っても、NICUに会いに行けませんでした。
それから、心音に会うまでの時間の記憶がありません。
次の日に、心音に会う前に、医師から説明を受けました。
手に乗りそうな小さな体に、何本ものチューブ、包帯、ガーゼだらけ。
私が、心音をこうしたと、破水した時よりも自分を責めました。
死に向かいそうになった1週間。
その間、私は退院しました。二か月も離れていた長女が家で待っている。
そう思っても、たった一人で頑張る心音を思うと、喜ばしい事ではありませんでした。

退院した翌日から、毎日12時間心音のいるNICUに通いました。
保育器の中の中にいる心音は、小さくて骨と皮ばかり。
愛らしい赤ちゃんの姿ではありません。
心不全・腎不全と、生死を彷徨ってから数日、検査の結果から脳に出血の跡があることが分かりました。
障害が残るか否かは、もう少し経たないと言えないと言われました。

一週間、二週間、素人目では、わかりませんが、点滴が1本、また1本と減っていき、ある日

「お母さん!!心音ちゃんがミルクを飲みましたよ!」
「え?どれくらい?」
「5ccです」
「は?」

前の日まで、口にチューブを入れて、母乳は飲んでいませんでした。点滴の栄養だけです。

しかし、その日初めて、凍らせた初乳を心音は飲んでくれたそうです。
でも5cc。先が長いことが分かりました。

幸い、母乳を飲み出した頃から、大きく体調を崩すことがなかった心音は、1か月後保育器から出してもらえました。
そして初めて私の手の中に。

小さな体は、ふくよかではないものの、温かい。生きてる!とようやく実感できたのです。

NICUの保育器から出ると、GCUという、医師と看護師からの管理は必要だけど、新生児ベッドのある部屋に移りました。
その頃から、写真をたくさん撮るようになって、お姉ちゃんに見せていました。
「ココちゃんまだ?もう帰ってくる?」と毎日聞いてきました。
楽しみにしてくれて、良かった。
彼女が大きくなって、心音の成長を忘れてしまうかもしれないけど、お姉ちゃんには包み隠さず見せました。

病院に毎日通う車の中は、一人の時間。
心音の心配ばかりで、泣きながら運転していました。

心音が、ちょっと体調が悪くなっても、帰らなければならない歯がゆさ。
体が、二つ欲しいと、心の底から思いました。
子育ては笑顔で乗り切れ!と、お姉ちゃんの時から、泣こうがわめこうが笑い飛ばしてきた私。
何とか笑顔が出来ても、笑い飛ばすことはできませんでした。

退院日を看護師さんから相談されて、お姉ちゃんの時とは違うプレッシャーが覆いかぶさった気がしました。
退院時に、医師から言われたのは、「脳の出血は残っていました。歩くことができないかもしれません。網膜症を発症したので、治療してありますが、経過を見てください。脳の損傷は、後ろ側が多く、視力があるか分かりません」ということでした。

あれから、11年。
四肢麻痺と体幹機能が麻痺していて首すら座らない心音。
身体能力は、生後3か月。
知能も、発達遅滞で2歳程度です。視力は、30cmほど。

可哀想でしょうか。
命が助かっただけでも、良かったのでしょうか。
親としての私の答えは、まだ見つかりません。
ただ彼女の笑顔が、一回でも多く、そして毎日続くよう努力することが、私のするべきこと。私なりのお母さんの姿です。


14:50
2017/06/11

第3回 心音のこと①

Tweet ThisSend to Facebook | by mana
今回は、心音について知ってください。
私の次女「心音(ここね)」は、障害は重度の脳性麻痺、そして難治性のてんかんを患っています。
私の知る限りで、その方たちは、体が曲がり、話しづらそうに口を歪めて、車いすに乗っている人。
心音と出会う前は、そのくらいの知識しかありませんでした。

脳性麻痺からくる二次障害は、様々な病気があり、定期的な専門の医師の診察が必要です。
例えば、姿勢。
身体能力は小学6年生となった今も、生後3か月程度です。
首は
座っておらず、座位はできません。
体温調整が出来ないので、大きな新生児のように、環境に気を付けて生活しています。
四肢の緊張が強いので、ボトックス治療を3か月に一度、首から足首まで、全身に20か所ほど注射を打ちます。
また、内服でも緊張を緩める薬を飲んでいます。
てんかんの薬は、現在2種類。しかし、発作の多い時は8~10種類ほど飲んでいます。

心音は、何ができないのか?
てんかん発作が頻繁に続き、検査入院をしたときに、機能検査のようなもので、大島式分類というものを受けました。300問ほどあった記憶があります。
「笑いますか?」「目を合わせますか?」・・・
とても単純な行動ばかりでしたが、何一つ「出来る」に丸が付きませんでした。
私は、母親として、心音を育てたいと思いながらも、どう育ててよいのか、保健センターや、保健所、病院のドクターに聞いても、しっくりくる助言をくれる人がいませんでした。
しかし、諦める事なんてできません。
目の前に、命ある子どもがいるのですから。

心音を妊娠中、私は5か月で破水し、産婦人科から救急車で、筑波大学附属病院の産科に運ばれました。
診察時に、参加のドクターから「二週間ほどで亡くなると思います」と告げられて、今思えば、体と心がバラバラになるような感じでした。
しかし、奇跡的にも、心音は順調な成長を見せました。
相変わらず、羊水は出続けていたので、退院できずに、張り止めの点滴を続け、出来る限りベッドから動きませんでした。
毎日助産師さんが、体調の確認をするときに、聴診器から聞こえる心音(しんおん)が、ココネと名前を付けた由来です。

8か月で産むこと。
いい事なのか?
危険な事なのか?
母親目線で、それを相談する相手はいませんでした。
病棟は、誰もが何かしらの問題のある人が入院しているわけですから、気持ちが重い私の話を聞いてくれる余裕のある人はいなかったのです。
それでも二か月お世話になったドクターと看護師さんを信じて、自然分娩で産みました。

生まれた心音は、呼吸が出来ず、すぐに挿管され、保育器に入れられました。
両手に余る大きさの小さな小さな心音。
1166gは、8か月としては順調な成長でした。
それまで、世界の狭かった私は、この入院と出産経験で、人の命について、心の奥底から考えるようになりました。
どんな子も、母親が自分の命を懸けて、家族が子供の幸せを願います。
そして、医療者も、精一杯の力で、人の命を預かっている。

たくさんの人のサポートで、無事に出産が終わった時点では、命が繋がったことで、嬉しくて嬉しくて。ただそれだけでした。
しかし、心音の命は、生まれたことで危険な状態になったのです。


06:00
2017/02/26

第2回 いつのまにか

Tweet ThisSend to Facebook | by mana
新たな気持ちで新年を迎え、あっという間に、もう二か月が過ぎようとしています。
我が家では、昨年体調を大きく崩した長女が、ようやく登下校班で毎日学校に行くようになりました。
長女は高アレルギー反応持ちなのですが、疲れによる免疫低下により、感染症にかかり「亜急性壊死性リンパ腺炎」になったのです。
超健康優良児と思っていたので、青天の霹靂。
病気は、いつ何時起こるかわかりませんね。

二か月から三か月続く高熱。
食欲はあるのに、熱がありすぎて、どんどん体力は落ちてしまいました。
血液検査の結果は、障害のある二女よりも遥かに悪く、いつ治るかわからない病気に、この先この子は何もできない体になってしまうのだろうかと言われようのない不安に駆られました。
毎日寝ているだけの長女。
今日は体調が良いといって、外に出ても、1時間も経たないうちに、真っ青な顔になり、フラフラになります。
首のリンパ腺は、ボコボコに腫れ、見ていて辛いものでした。
容姿を気にする年頃でもあるので、鏡を見るのを嫌がりました。

今まで、体を動かせない二女のこともあったので、長女には「頑張れ。出来るよ!精一杯やるんだよ!」と何でも頑張らせてきたことを大反省。
「頑張らなくていい。お願いだから、元気になって」と毎日体をマッサージしてあげました。

そうして、熱が下がり始めた夏休みの最後の週。
筑波大学附属病院のおしゃべり会の夏祭りの日を迎えました。
「ママ、浴衣を着るんでしょ?去年の浴衣は小さいよ」と言われたので、私の若いころの浴衣を着せました。
もう思春期を迎えた長女、浴衣の丈はぴったりでした。
いつのまにか、目線は私と変わらぬ高さに、口調はそっくりに。
そして、夏祭りの受付をしながら、笑顔で患者家族を迎えてくれました。

長女は、今回の体調不良で、あきらめたことがたくさんあります。
修学旅行、習い事のコンクール、陸上記録会、マラソン大会。
でもそのことに、泣くこともなく、悔しがる様子もなく、受け入れました。
いつのまにか、身長だけではなく、私が思っていたよりも大人になっていたようです。
もしかしたら、私のいないところで泣いていたかもしれないし、ずっと考えていたのかしら。

それに気が付いたのが、ここ最近の筑波地区の新設校の校舎完成時期延期のお知らせを学校から受け取った時でした。
何度か説明会が開かれ、保護者と教育委員会、行政との意見交換が行われました。
私がアンケートを記入しようと、長女に「どう思う?どう答えようかな?」と聞いたところ、「もういいじゃん。大人がゴチャゴチャうるさいのが一番ムカつく」と。
ハッとしました。児童生徒の気持ちを考慮した最善の方法を見つけ出そうと、何かしてあげなくては、何か言わないと、と思っていましたが、私が思っている以上に、子どもは自分で考えていて、大人たちを冷静に見ているのだと。

長女は、今まで私の与える場で安心して頑張ってきました。
もちろんその「安心」は、長女自身が信頼する先生、指導者がいるからこそ。
そして、気の合う友人が出来たから。
そんな中で、たくさんの経験をし、たくさん考え、いつのまにか大きく成長してきているのですね。

この春から、長女は地元中学校に入学します。
母は、まだまだ大人になりきれぬのに、病気を乗り越えようとする長女はぴょーんと成長してしまいました。
寂しさを感じつつも、お箸の持てない頃と同じ笑顔で、「焼売、美味しい!!」と、食べる長女にニンマリする母です。

15:00
2016/12/21

第1回 親の想い

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12月に入り、自宅の周りは霜が降りるようになりました。
近所のおじいちゃんおばあちゃんは、畑の冬支度。
虫や鳥たちも冬支度を始めたようです。
日曜日、遅い朝食をとっていたら、キツツキが庭に来ました。




初めてのコラムに何をテーマにしようかと思っていましたが、年末は一年を振り返るのにいい時ですね。

振り返ってみると、私は今年も、たくさんの方々に出会うことが出来ました。
茨城から出たことのない私ですが、つくばで本当に素敵な人たちに出会っています。

人との関わりは、自分から発信しなければ、相手に好意は持ってもらえませんし、
もしかしたらそうしてはいけないタイミングの時もあります。
私は、いつも人との出会いに奇跡を感じます。

つい最近も、素敵な方に会いました。
私は月に1度さまざまな病気や障がいのある子の親たちが医療や子育ての情報交換を行う「おしゃべり会」を開いているのですが、そのおしゃべり会の季節行事でお世話になる方の1人です。
お会いしたのは8月の後半でした。
世間話から、「ご家族はいらっしゃいますか?」と伺ったところ、「秋に子供が生まれます」とおっしゃるので、「楽しみですね!(男の子女の子)どっちかしら?」なんて会話をしていました。単なる世間話程度。

そんな話をするときは誰もが、無事に健やかに生まれてくる赤ちゃんを望んでいると思います。
私も妊婦さんを見ると、いつも心の中で
「元気で生まれてね。お母さんも赤ちゃんも頑張れ」と願っています。
生まれてくるのが当たり前。そう思いますか?
こうして医療が発展しても、お産は命がけです。
そして、お子さんは小さな小さな体で、命がけで生まれてきます。

つい先日もクリスマス会があったので、その方にお世話になりました。
手続きを済ませ、帰り際の挨拶で何気なく
「そういえばお子さんは、お生まれになりましたか?」と伺いましたら、
「はい。お陰様で生まれました。でも検診で心配なところがあると医者にいわれて・・・」

突然のことなので、私は何と言っていいか言葉を詰まらせました。
次女心音の診断を受けた時と、シンクロして、心臓が痛くなりました。
でもその方は、
「でも、私たちなりに親として精一杯育ててやりたいと思います」
「他人と比較した幸せは、非常にもろく、家族の触れ合いの中で共有できる幸せや幸福こそ真の幸せに繋がるもの」
そんな言葉をおっしゃいました。
そうだ。
毎日何気なく暮らし、疲れてくると忘れがちだけど、私も同じことを思い、そして願い、娘たちを育ててきたんだ。
たくさんの方々に応援され、娘たちを知っていただくことで、勇気も底力も出ました。

また来年も、人と触れあい、助けていただき、泣いて笑って、感謝を忘れないよう過ごしたいと願いを込めて。
穏やかな新年をお迎えください。


08:00
2016/12/01

はじめのごあいさつ

Tweet ThisSend to Facebook | by mana
はじめまして。

得意なことといえば料理くらいの私が、コラムを書かせていただくことになるなんて、
思いもよりませんでした。
コラムをご覧になる方の多くは、子育て真最中かと思います。
喜びの日々だけではなく、悩むことの方が多いかもしれません。

私は、長女を妊娠した時に子宮頸がんが見つかりました。
子育ての最初から、命について悩むことになりました。
そして、無事に長女を出産しましたが、子宮頸がんの治療の要因もあり、
二女を妊娠5か月で破水しました。
未熟児で生まれた二女は、重度の障害が残りました。
元気な女の子、そして重度心身障害の女の子の子育て、

女性としての自分の生き方を模索し続けています。
と重い話になりましたが、悩んでばかりでも仕方がない。
失敗もありき、悩み多きことにも前向きに考える
子育て&生活について、お付き合いいただけましたら、幸いです。


09:00